涙が一杯にたまっていた。上田のお母アは自分のことのように喜んだ、「山崎の息子さんは執行猶予で出るよ!」――次はお前の妹だ。「私は今でもちっとも変りません。*********心積りです。」とはっきりと答えた。裁判長は苦りきった顔をした。妹はそして椅子に坐る拍子に、何故か振りかえって、お母さんの顔をちらッと見た。母は後で、その時はあ――あ、失敗《しま》ったと思ったと、元気のない顔をして云っていた。横に坐っていた上田の母が、「まア、まア、あんたとこの娘さんにもあきれたもんだ」と、母に云った。「お前さんも心配の絶えない人だ!」、そう云われて、お前の母は思わず「本当に……!」と云った。そして母は涙を一生ケン命こらえていたそうである、それからようやくのことで、「矢張り仕方がないんでしょう。」と云った。
 上田の進さんの番になると、お母アは鼻をぴく/\さした。骨組の太い上田が立ち上がると、いきなり、「われ/\の同志であり、先輩である山崎君の*****に私は**を***ものである。もはや山崎は同志でもなく、先輩でもない!」と前置きをして、自分は山崎のように学問もないが、私自身が*****いる********として、****この*******積りだと云った。「えゝ?」上田のお母アは突然大声をあげて叫んだ、「こら、進! お前えお母アば忘れたのか?――あ、あ――この野郎! 畜生!」そして立ち上がってしまった。廷丁や巡査が馳《か》けつけて来て、大声で叫んでいる上田のお母アを法廷の外へ連れ出してしまった。上田は然し振りかえらなかった。だが、後から見ると、頭を深く深く、垂れていた。
 最後は大川だった。彼は何べんうながされても、なかなか云わなかったが、自分の家があまり困っているので、外へ出たら運動をやめて働いて行きたいと云った。大川は港湾労働者で、仲仕をしていた。おかみさんはそれを聞くと、お前の母に少し気兼ねしたように、抱いていた自分の子供に頬《ほお》ずりをした。

 窪田さんはこう云っているの。――監獄《なか》では大体にやっぱり労働者出身のものが、******して、*****ている。ところが、外《そと》では丁度その反対になっている。これはどうしても直さなければならないッて。お前は今運動が一番進んでいる中心地にいる。今度はこっちのことをどう考えるか、お前の手紙を待っている。
[#地から1字上げ](一九三一・一〇・一一。*印は発表誌での伏字)



底本:「工場細胞」新日本文庫、新日本出版
   1978(昭和53)年2月25日初版
初出:「改造」改造社
   1931(昭和6)年11月号
※疑問箇所の確認にあたっては、「定本 小林多喜二全集 第六巻」新日本出版社、1968(昭和43)年6月30日を参照しました。
入力:細見祐司
校正:富田倫生
2004年11月16日作成
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