母さんかね。」と、荒ッぽい浜言葉で云って、「んか、んか」と独《ひと》りうなずきをした。それはまるで人を見下げた、傲慢《ごうまん》な調子だった。そして帰りに一緒になることにしていたのに、そのおかみ[#「おかみ」に傍点]さんはさッさと自分だけ先きに帰って行ってしまった。背中の子供は頭が大きくて、首が細く、歩くたびにガク/\と頭がどっちにも転《ころ》んだ。
上田の進ちゃんのお母アは、とう/\気が狂ったとみんなが云った。お前がこっちにいた時知っているだろう、「役所バカ[#「バカ」に傍点]」と云って、五十恰好の女が何時でも決まった時間に、市役所とか、税務署とか、裁判所とか、銀行とか、そんな建物だけを廻って歩いて、「わが夫《つま》様は米穀何百俵を詐欺《さぎ》横領しましたという――」きまった始まりで、御詠歌のように云って歩く「バカ」のいたのを。ところが上田のお母アは、午後の三時になると、きまって特高室に出掛けて行って、キャンキャンした大声でケイサツを馬鹿呼ばりし、自分の息子を賞《ほ》め、こんなことになったのは他人《ひと》にだまされたんだと云い、息子をとられて、これからどう暮して行くんだ――それだけ
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