キを振りあげた。母は真青になって帰ってきた。

 この冬は本当に寒かったの。留置場でもストーヴの側の監房は少しはよかったが、そうでない処《ところ》は坐ってその上に毛布をかけていても、膝がシン/\と冷たくなる。朝眼をさますと、皆の寝ている起伏の上に雪が一杯ふりかゝっているので吃驚《びっくり》するが、それは雪が吹きこんできたのではなくて、(それもあったが)夜中に空気中に残っているありとあらゆる湿気がみんな霜に還元されるのである。なか[#「なか」に傍点]のものは次々と凍傷を起して行った。
 お前の母ばかりでなしに、沢山《たくさん》の母たちが毎日のように警察に出掛けて行ったが、母はそこでよく子供を負《お》んぶした労働者風のおかみ[#「おかみ」に傍点]さんと会った。最初はどこの係りにやってくるのか分らなかったが、そのうち特高室で待っているところへ、そのおかみ[#「おかみ」に傍点]さんが入ってきた。それで同じ事件の人だということが分った。――帰りに一緒になって、母が色々なことを話そうと思い、お前や妹の母だという事を知らせた。すると、急に眼をみはって、マジ/\としながら、「んじゃ、お前さんが伊藤のお
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