そして、しゃっくり/\云った、「ケイサツが進ばバカにするほど殴ぐったんだ。俺ケイサツば訴え[#「訴え」に傍点]てやる。キット訴えてやる! それに、」と云って、又お前の母をにらみながら、「俺の息子に若しものことがあったら、お前さんの息子ばうらん[#「うらん」に傍点]で、うらんで、うらみ殺してやる!」――窪田や山崎のお母さんが中に立って、上田の母にわけを云い、理をつくして話してやったが、そんな事は耳にも入れないのだ。「ドロ棒したとか、人をゴマ化したとか、そんなことならまだいゝ。警察で云っていたよ、進らのしたことはこの日本の国をブッ倒そうとしている恐しい罪だって、それをみんなお前さんの息子や山崎の息子などからだま[#「だま」に傍点]されてやったんだってよ!」――これでも分ったが、警察では、お前の母や山崎のお母さんなどには、お前さん達の息子のしたことはドロ棒したとか、強姦《ごうかん》したとかいう罪とちがって何も恥《はず》かしがることはないと云っていながら、労働者のおかみさん達には、それは世の中で一番恐ろしい罪で、みんな学問のある悪者にだまされてやったんだと云って、(殊にこっちでは)運動をやっているもの達の間に離間策を講じているのだ。窪田さんや条理の分った山崎のお母さんたちが、一生ケン命に、だまされるどころか、丁度その反対で、上田や大川たちの搾取の生活を解放するために、伊藤や山崎などが先頭に立って、一身を犠牲にしてやっているのだと云ってきかせても、一向にきゝ入れないのだ。――大川のおかみさんは、私はだまされたという程にも思わないが、警察に入れば直ぐその日から食えなくなるような夫を、何んだって引き入れてくれたかと、そればかり口惜《くや》しいと云うのだった。中にいる夫に蜜柑どころか、この寒さに足袋《たび》さえ入れてやることが出来ない。ところが、お前さん方になると、入った人が出てくるまでどうにか食って行けるだろうし、色んなものが充分差入も出来るから羨《うら》やましい。面会に行ったら、食えなくなったら仲間の人に頼んでみれ、それも長続きしなかったら、親類のところへ追い出される迄|転《こ》ろげこんで居れ、それも駄目になったら、男さ身体売ったってえゝ[#「えゝ」に傍点]と云うんです。そして手の甲を蟹の鋏《はさみ》のように赤く大きくふくれ上らせているの。大川のおかみさんも終いには泣き出してし
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