とまるで異《ちが》う態度にびっくりした。――と、この時今まで一口も云わずにいた上田のお母アが、皆が吃驚するような大きな声で一気にしゃべり出した。「んだとも! なア大川のおかみさん! おれ何時か云ってやろう、云ってやろうと思って待っていたんだが、お前さんとこの働き手や俺ンとこの一人息子をこったら事にしてしまったのは、この」と云って、お前の母を突き殺すでもするように指差しながら、「この伊藤のあんさん[#「あんさん」に傍点]のお蔭なんだ。あんさんがこっちにいたとき、よく息子の進とこさ遊ぶに来る来ると思ってだら、碌でもないことば教えて、引張りこみやがっただ。腕のいゝ旋盤工だから、んでなかったら、どんどん日給もあがって、えゝ[#「えゝ」に傍点]給料取りになっていたんだ。」――それは他の人もそッと持っていた気持だったので、室の中が急に、今迄とは変ったものになった。――「そればかりで無いんだ。この前警察から出てくると、俺もう吃驚してしまった。ケイサツの裏口から頭一杯にホウ帯した進が巡査に連れられて出てくるんでないか。俺どうしたんだと夢中になって、ガナ[#「ガナ」に傍点]った。進|奴《め》こっちば向いて、立ち止まったが、しばらくキョトンとしてるんだ。こら、お母アだ! と云うと、ようやく分ったのか、笑ったよ。ところが、ついていた巡査が立ち止まっちゃいかんと云って、待たしていた自動車の中に無理矢理押し込んでしまったんだ。俺くやしかったよ! それから俺毎日ケイサツさ行って、お前えら俺の息子ば殴《な》ぐったんだべ。さ、いッくらでも殴ぐれ、今お前えらば訴えてやるからッて怒鳴ってやった。んでも、何んぼしても面会ば許さないんだ。それから裁判所へ廻ってから面会させてもらったら、その時はホウ[#「ホウ」に傍点]帯ば外していたがどうしたんだと訊いたら、看守の方ば見て、耳が悪かったんだと云うんだ。俺、うそこさ[#「こさ」に傍点]ッて云ってやった。それから話していると、まるでトッチンかんのことばかり云うんでないか。お前何時頃出れるか分らないかときいたら、ハイお母さん有難うございますッて云うんだよ。俺びっくりしてしまった。これ、進や、お前頭悪くしたんでないかッて云ったら、お母アの方ば見もしないで、窓の方ば見たり、自分の爪ば見たりして、ニヤ/\と笑うんだ……。」そこまで来ると、上田の母は声をあげて泣き出した。
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