だったが、貧乏人であればあるほど、一方では自分の息子だけは立派に育てゝ楽をしたいと考える、それに貧乏に対して反撥する前に、貧乏に対してどうしても慣れあいになり勝なのだね。だから、プロレタリアの解放のために仕事をやって行こうとするお前たちのことが分るのだが、何んだか自分の楽しい未来のもくろみが、そのためにガタ/\と崩されて行くのを見ていることが出来ないのだよ。こんな気持をもっているから、警察ではお前の母は一番おとなし[#「おとなし」に傍点]くて(!)しっかりしているというので「評判が良い」の。――今度のことでも、お前の母の表面の動作ではなくてその心持の裏に入りこんでみたら、それは只事ではないということはよく分る。だから頼りになりそうな山崎のお母さんと話し込むと、正体がないほど弱くなってしまうの。
窪田が二十日程して釈放された。すると、直ぐ家へやって来てこんなに大衆的にやられている時に、遺族のものたちをバラ/\にして置いては悪いと云うので、即刻何処かの家を借りて、皆が集まり、お茶でも飲みながらお互いに元気をつけ合ったり、親密な気持を取り交わしたり、これからの連絡や対策や陳情、そういう事について話し合おうということになった。皆も賛成だった。窪田さんは山崎のお母さんの家にして、日と時間を決めて帰って行った。――こんなに弾圧が強く、全部の組織が壊滅してしまったとき、この遺族のお茶の集まりだって又新しく仕事をやって行く何かの足場になるのではないか、さすがしっかりものの窪田さんがそんな風に考えてのことらしいの。
その日は十人位の母たちや細君が集まった。ちっとも知らない顔の人もいたが、引張られて行ったときのことや、面会に行ったとき息子たちのことで、すぐ話がはずんで行った。お前の母はそういう話の一つ一つに涙ぐんでいた。誰が話すことも、それは誰にとってもみんな自分のことだった。山崎のお母さんは林檎《りんご》や蜜柑《みかん》を皿に一杯盛って出した。母が何時か特高室で会ったことのある子供を負んぶしていたおかみ[#「おかみ」に傍点]さんが、その蜜柑の一つを太い無骨な指でむいていたが、独言《ひとりごと》のように、「中にいるうち[#「うち」に傍点]のおど[#「おど」に傍点](夫のこと)に一つでも、こんな蜜柑を食わせてやりたい……!」と云って、グズリと鼻をすゝり上げた。お前の母はこの前の様子
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