置けよとひやかされてしまった。すると、その労働者が、
「馬鹿云え。政権|一《ひと》度われらの手に入らば、あすこはゲー・ペー・ウの本部になるんだ。そのために今から精々立派な、ちっとやそっとで壊れない丈夫なものにして置くんだ!」
 と云った。そういう筋のものだった。
 小説嫌いの俺も、その言葉が面白かったので、記憶に残っていた。
 その警視庁の高い足場の上で、腰に縄束をさげた労働者が働いていた……。それが小さく動いているのが見えた。

 その日、予審廷の調べを終って、又自動車に乗せられると、今度は何んとも云えないイヤ[#「イヤ」に傍点]な気持ちがした。来るときは、それでもウキ/\していたのだ。
 新宿は矢張り雑踏していた。美しい女が自動車の前で周章てるのを見ると、俺だちは喜んだ。――だが、何故こんなに沢山の「女」が歩いているのだろう。そして俺が世の中にいたとき、決してこんなに女が沢山歩いていなかった。これは不思議なことだと思った。女、女、女……俺だちの眼は、痛くなるほど雑踏の中から、女ばかりを探がし出していた……。
 刑務所との距離が縮まって行く。俺だちは途中色んな冗談を云い合ったものだ。
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