然し二人ともだん/\黙り込んできた。
「街を見たし……又、坐ってるさ……。」
 俺はそれだけをポツンと云った。そして、それっ切り黙ってしまった。
 今はモウ自動車は省線のガードをくゞって、N町へ入っていた。
 今年も、あと五日しかない。

     独房小唄

「……私この前ドストイエフスキーの『死の家の記録』を読んでから、そんな所で長い/\暗い獄舎の生活をしている兄さんが色々に想像され、眠ることも出来ず、本当に読まなければよかったと思っています。」
「でも、面会に行く度に、兄さんはとてもフザケたり、監獄らしくない大声を出して笑ったり、どの手紙を見ても呑気[#「呑気」に傍点]なことばかり書いているので、――一体どういうワケなのか、私には分りません。」
 俺はこの手紙を見ると、思わず吹き出してしまった。ドストイエフスキーとプロレタリアの闘士をならべる奴もあるもんでない、と思った。俺も昔その本を退屈しいしい読んだ記憶がある。成る程、人道主義者には此処はあんなにも悲痛で、陰惨で、救いのないものに見えるかも知れないが未来を決して見失うことのないプロレタリアートは何処にいようが「朗か」である。の
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