だちはその声が遠くなり、聞えなくなる迄、足踏みをやめなかった。

     出廷

 寒い冬の朝、看守が覗《のぞ》きから眼だけを出して、
「今日は出廷だぜ。」
 と云った。
 飯を食ってから、俺は監房を出て、看守の控室に連れて行かれた。皆は火鉢《ひばち》の縁に両足をかけて、あたっていた。「火」を見たのは、それが始めてだった。俺はその隅の方で身体検査をされた。
「これは何んだ?」
 袂を調べていた看守が、急に職業柄らしい顔をして、何か取り出した。俺は思わずギョッとした。――だが、それはお守だった。
「あ、お守だよ。」
 俺はホッとして云った。
 看守はあやふやな、分らない顔をして、
「へ――? お守?……どうしたんだ?」
 と独り言のように云った。
「おふくろがね……。」
 俺がそう云いかけると、その年寄った看守はみんな云わせず、

「あゝ、そうか、そうか、――そうだろう! 勿体《もったい》ないことだ!」
 と云って、それを額へもって行って頂いた[#「頂いた」に傍点]。それから元通りにして、丁寧に袂にもどした。
「さ、両方手を出したり。」
 看守が手錠の音をガチャ/\させて、戻ってきた。
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