小径の、あちこちに赤い着物が蹲んで、延び過ぎた草を呑気《のんき》そうに摘んでいた。黒いゲートルを巻いた、ゴム足袋の看守が両手を後にまわして、その側をブラ/\しながら何か話しかけていた……。夕陽が向う側の監獄の壁を赤く染めて、手前の庭の半分に、煉瓦建の影を斜《なな》めに落していた。――それは日が暮れようとして、しかもまだ夜が来ていない一《ひと》時の、すべてのものがその動きと音をやめている時だった。私はそのなごやかな監獄風景を眺めながら、たゞお湯の音だけをジャブ/\たてゝ、身体をこすっていた。ものみんなが静かな世界に、お湯のジャブ/\だけが音をたてゝいるのが、何かしら今だに印象に残っている。
 次の日は「理髪」だった。――俺はこうして、此処へ来てから一つ一つ人並みになって行った。――こゝの床屋さんは赤い着物を着ている。
 顔のちっとも写らない壊れた小さい鏡の置いてある窓際に坐ると、それでも首にハンカチをまいて、白いエプロンをかけてくれる。この「赤い」床屋さんは瘤《こぶ》の多いグル/\頭の、太い眉をした元船員の男だった。三年食っていると云った。出たくないかときくと、なアに長い欧州航路を上陸を
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