五分
 規定の時間を守らざるものは入浴の順番取りかえることあるべし
[#ここで字下げ終わり]
 警察の留置場にいたときよく、言問橋の袂《たもと》に住んでいる「青空一家」や三河島のバタヤ(屑買い)が引張られてきた。そんな連中は入ってくると、臭《くさ》いジト/\したシャツを脱いで、虱《しらみ》を取り出した。真っ黒なコロッとした虱が、折目という折目にウジョ/\たか[#「たか」に傍点]っていた。
 一度、六十位の身体一杯にヒゼン[#「ヒゼン」に傍点]をかいたバタヤのお爺さんが這入《はい》ってきたことがあった。エンコに出ていて、飲食店の裏口を廻って歩いて、ズケ(残飯)にありついている可哀相なお爺さんだった。五年刑務所にいて、やっとこの正月出てきたんだから、今年の正月だけはシャバでやって行きたいと云っていた。――俺はそのお爺さんと寝てやっているうちに、すっかりヒゼンをうつされていた。それで、この六十日目に入るお湯が、俺をまるで夢中にさせてしまった。
 そこは独房とちがって、窓が低いので、刑務所の広い庭が見えた。低く円るく刈り込まれた松の木が、青々とした綺麗な芝生の上に何本も植えられていて、その間の
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