。そして、こっそり小さい円《ま》るい鏡に写してみた。すると急に自分の顔が罪人[#「罪人」に傍点]になって見えてきた。俺は急いで鏡を机の上に伏せてしまった。
 雑役が用事の最後に、ニヤ/\笑いながら云った。
「お前さん今度が初めてだね。これで一通りの道具はちゃアんと揃ってるもんだろう。これからこの室が長い間のお前さんのアパアト[#「アパアト」に傍点]になるわけさ。だから、自分でキチン/\と綺麗《きれい》にしておいた方がいゝよ。そしたら却々《なかなか》愛着が出るもんだ。」
 それから、看守の方をチラッと見て、
「ヘン、しゃれたもんだ、この不景気にアパアト住いだなんて!」
 と云って、出て行った。

     長い欧州航路

 監獄に廻わってから、何が一番気持ちがよかったかときかれたら、俺は六十日目に始めてシャボンを使ってお湯に入ったことだと云おう。
 湯槽《ゆぶね》は小じんまりとしたコンクリートで出来ていて、お湯につかっていながら、スウイッチをひねると、ガチャン、ガタン、ガチャン、ガタン、ゴボン、ゴボンとスチームが入ってくるようになっていた。
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入浴時間  十
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