た。
誰か廊下を歩いてゆく。立ち止まって、その音に何時でも耳をすましていると、急にワクワクと身体が底から顫《ふる》えてくる――恐怖に似た物狂おしさが襲ってきた。その時、今でも覚えている、俺はワッと声をあげて泣けるものなら、子供よりもモッと大声を上げて、恥知らずに泣いてしまいたかった。
しばらくして、赤い着物をきた雑役が、色々な「世帯道具」――その雑役はそんなことを云った――を運んできてくれた。
「どうした? 眼が赤いようだな。」
と、俺を見て云った――
「なに、じき慣れるさ。」
俺は相手から顔をそむけて、
「バカ! 共産党が泣くかい。」
と云った。
箒《ほうき》。ハタキ。渋紙で作った塵取《ちりとり》。タン壺。雑巾。
蓋《ふた》付きの茶碗二個。皿一枚。ワッパ一箇。箸《はし》一ぜん。――それだけ入っている食器箱。フキン一枚。土瓶《どびん》。湯呑茶碗一個。
黒い漆塗《うるしぬり》の便器。洗面器。清水桶。排水桶。ヒシャク一個。
縁のない畳一枚。玩具《おもちゃ》のような足の低い蚊帳《かや》。
それに番号の片《きれ》と針と糸を渡されたので、俺は着物の襟《えり》にそれを縫いつけた
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