云って、何時になくニコ/\しながらお礼をのべて下りて行った。私たちのような仕事をしているものは、何んでもないことにも「世の人並のこと」に気を配らなければならなかった。下宿の人に、上の人はどうも変な人だとか、何をしている人だろうか、など思われることは何よりも避けなければならない事だった。今獄中で闘争している同志Hは料理屋、喫茶店、床屋、お湯屋などに写真を廻わされるような、私達とは比べものにならない追及のさ[#「さ」に傍点]中を活動するために、或《あ》る時は下宿の人を帝劇に連れて行ってやったりしている。それと同時に私達は又「世の人並に」意味のない世話話をしたり、お愛そ[#「そ」に傍点]を云うことが出来なければならない。が、そういうことになると私はこの上もなく下手なので随分弱った。この頃では幾分慣れては来ているが……。
私は「やア、何アに、少しですよ。」と、おばさんに云って、云ってしまってから赤くなっていた。どうも駄目だ。
原稿用紙で精々二枚か二枚半の分量のものだったが、昼の仕事をやって来てから書くのでは、楽な仕事ではなかった。十円の手当のバク露のことをようやく書き終ると、もう七時を過
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