た。それがどの程度の確実さがあるかどうか、とにかく皆は此処《ここ》をやめると、又暫《しば》らくの間仕事に有りつけないので知らずにその事を当てにしていた。だが、晩飯の時間を賃銀から二銭三銭と差引いたり、何百人の人間を平気で一時間以上も待たして、一銭玉を三つずつ並らべる会社が、何んで六百人もの人間に十円《大枚十円!》を出すものか。十円を出すという噂《うわ》さを立てさせているのには、明らかに会社側の策略がひそんでいるのだ。そんな噂さを立てさせて、首切りの前の職工の動揺を防いで、土俵際でまンまとして[#「して」に傍点]やろうという手なのだ。
それが今日工場で可なり話題になったので、私は明日工場に入れるビラにこの間《かん》の事情を書くことにした。一昨日入ったビラに、その前の日皆がガヤ/\話し合った、賃銀を渡す時間を早くして貰《もら》おうというようなことがちァんと出ていたために(事はそんな些少《さしょう》なことだったが)、皆の間に大きな評判を捲《ま》き起したのである。私は机の前に大きな安坐《あぐら》をかいた。
暫《しば》らくすると、下のおばさんが階段を上がってきた。「さっきは子供にどうも!」と
前へ
次へ
全142ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング