たら、伊藤が病気のときに買って置いた便器を使って、便所へ降りて行かないことにした。便所で同居の人に顔を合わせ、若《も》しもそれが知っている人であったりしたら大変である。
私は二人に「そっちを見てろよ」と云って、室の隅ッこに行き、その硝子《ガラス》の便器に用を足した。伊藤は肩をクッ/\と動かして笑った。
「臭いぞ!」
と、須山は大げさに鼻をつまんで見せた。
「キリンの生《なま》だ!」
私は便器を隅の方へ押してやりながら、そんなことを云って二人を笑わせた。
倉田工業はいよ/\最後の攻勢に出ていることが分った。それは例えば伊藤の報告のうちに出ていた。伊藤と一緒に働いているパラシュートの女工が、今朝入った「マスク」の第三号を読んでいると、四五日前に新しく入ってきた男工が、いきなりそれをふんだくって、その女工を殴《な》ぐりつけたというのである。「マスク」やビラが入ると、みんなはオヤジにこそ用心すれ、同じ仲間には気を許す。それでうっかりしていたのであった。それを見ていた伊藤はどうも様子が変だと思い、その男を調らべてみることにした。あとで掃除婦から、その男工はこの地区の青年団の一員で在郷軍人で
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