にいる吉村という本工からキヌちゃんというパラシュートの女工に、「何処《どこ》か静かなところで、ゆっくりお話しましょう」というラヴ・レターが来たというので、皆が工場を出るなり、キャッ/\と話している。そばやに行ってからも、そればかりが話題になった。キヌちゃんはその手紙を貰《もら》ってから、急にお白粉《しろい》が濃くなったとか、円《まる》鏡に紐《ひも》をつけて帯の前に吊《つる》し、仕事をしながら終始\覗《のぞ》きこんでいるとか、際限がない。ところが、仲間でも少し利口なシゲという女が、こんなことを云った。キヌちゃんがシミ/″\とシゲちゃんにこぼしたというのだ――静かなところで、ゆっくりお話したいと云うけれども、工場の中はこんなにガン/\しているし、夜業して帰ると九時十時になってクタ/\に疲れているし、それにあの人は七時頃帰えるので一緒になることが出来ないって。誰か「可哀相にね」と云った。するとサクラの佐々木が、「これじア私たち恋を囁やく[#「恋を囁やく」に傍点]ことも出来ないのねえ!」と云った。皆は「そうだ」とか、「本当ねえ!」とか云い始めた。
「恋を囁《ささ》やくためにだって、第一こんなに
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