だか私の胸にきた。
 私たちはそんなにしゃべらなかった。母はテーブルの下から風呂敷包みを取って、バナゝとビワと、それに又「うで卵」を出した。須山は直ぐ帰った。その時母は無理矢理に卵とバナゝを彼の手に握らしてやった。
 少し時間が経つと、母も少しずつしゃべりだした。「家にいたときよりも、顔が少し肥えたようで安心だ」と云った。母はこの頃では殆《ほと》んど毎日のように、私が痩《や》せ衰《おとろ》えた姿の夢や、警察につかまって、そこで「せっかん」(母は拷問のことをそう云っていた)されている夢ばかり見て、眼を覚ますと云った。
 母は又茨城にいる娘の夫が、これから何んとか面倒を見てくれるそうだから安心してやったらいゝと云った。話がそんなことになったので、私は今迄須山を通して伝えてもらっていた事を、私の口から改めて話した。「分っている」と、母は少し笑って云った。
 私はそれを中途で気付いたのだが、母親は何だか落着かなかった。何処か浮腰で話も終《しま》いまで、しんみり出来なかった。――母はとう/\云った、お前に会う迄は居ても立ってもいられなかったが、こうして会ってみると、こんなことをしている時にお前が
前へ 次へ
全142ページ中62ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング