あお》くなっているらしかった。そして一度会えないものかどうか、ときいたというのだ。
 私はフト「渡政《わたまさ》」のことを思い出した。渡政が「潜ぐ」ったとき、彼のお母さんは(このお母さんはいま渡政ばかりでなく、全プロレタリアートのお母さんでもあるが)「政とはモウ会えないのだろうか」と同志の人にきいた。同志の人たちは「会えないのだ」ということをお母さんに云ったそうである。で、私はそのことを須山に云った。
「それは分かるが、君の居所を知らせるわけでなし、一度位何処《どこ》かで会ってやれよ。」
 実際に私の母親の様子を見てきた須山は、それにつまされ[#「つまされ」に傍点]ていた。
「が、それでなくても彼奴等は俺を探しているのだから、万一のことがあるとな。」
 が、とう/\須山に説き伏せられた。充分に気をつけることにして、何時も私達の使わない地区の場所を決め、自動車で須山に連れて来てもらうことにした。時間に、私はその小さい料理屋へ出掛けて行った。母親はテーブルの向う側に、その縁《ふち》から離れてチョコンと坐っていた。浮かない顔をしていた。見ると、母はよそ行きの一番いゝ着物を着ていた。それが何ん
前へ 次へ
全142ページ中61ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング