を貧困のドン底で生活してきている。ハッキリ伝えれば、理解出来ると思ったのである。
 須山によると、私の母はそれを黙って聞いていたそうである。そしてそれとは別に、自分は今六十だし、病気でもすれば今日明日にも死ぬかも知れないが、そんな時は一寸《ちょっと》でも帰って来れるのだろうか、ときいた。須山はそんなことは予期もしていなかったので、どう答えていゝか分らなかった。私は後で、そういう時でも帰れないのだ、ということを云ってやった。
「オラそんなこと云えないや!」
と、須山が困った顔をした。
 私はこれらのことが母親には残酷であるとは思わぬでもなかったが、然し仕方のないことであるし、それらすべての事によって、母の心に支配階級に対する全生涯的憎悪を(母の一生は事実全くそうであった)抱かせるためにも必要だと考えた。それで私は念を押して、私が母の死目に会わないようなことがあるのも、それはみんな支配階級がそうさせているのだということを繰りかえすことを頼んだ。――だが、さすがにその日私は須山と会う時には、胸が騒いだ。
「どうだった?」
と訊いた。
「こう云ってたよ――」
 私の母はこの頃少し痩せ、顔が蒼《
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