を云った。「修学旅行ではないからな」と笑った。ヒゲは最も断乎《だんこ》としたことを、人なつこさと、一緒に云い得る少数の人だった。彼は、もぐっている同志がとう/\行く処がなくなって、「今晩はよもや大丈夫だろう」と云うので自分の家に帰り、その次の朝つかまった話や、大切なものを処分するために、張り込んでいる危険性が充分に[#「充分に」に傍点]考えられる理由があるにも拘《かかわ》らず、出掛けて行って捕かまったという例を話した。彼はあまり、どうしてはいかぬとは云わない。そんな時は、それに当てはまる例を話すだけだった。色々な経歴を経て来ているらしく、そんな話を豊富に知っていた。
私はヒゲから有り金の五円を借り、友達の夫婦の家に転げ込んだ。――ところが、次の朝やっぱり私の家へ本庁とS署のスパイが四人、私をつかむためにやってきたそうである。何も知らない母親は吃驚《びっくり》して、ゆうべ出てから未だ帰らないと云った。すると、その中で一番「偉そうな人」が風を喰《く》らって逃げたのかな、と云ったそうである。
私はそのまゝ帰らなかったのである。それで須山が私の消息を持って訪ねて行ったときは、あたかも自分の
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