息子でも帰ってきたかのように家のなかにあげ、お茶を出して、そしてまずまじまじと顔を見た。それには弱ったと須山は頭を掻《か》いていた。彼は私が家を飛び出してからのことを話して、それが途切れたりすると、「それから? それから?」とうながされた。母親は今まで夜もろくに寝ていなかった、それで眼の下がハレぼッたくたるんで、頬《ほお》がげッそり落ち、見ていると頭がガク/\するのではないかと思われるほど、首が細くしなびていた。
 終《しま》いに、母親は「もう何日したら安治は帰ってくるんだか?」と訊《き》いた。須山はこれには詰まってしまった。何日[#「何日」に傍点]? 然し今にもクラ/\しそうな細い首を見ると、彼はどうしても本当のことが云えず、「さア、そんなに長くないんでしょうな……」と云ってきたという。
 私の母親は、勿論《もちろん》私が今迄《いままで》何べんも警察に引ッ張られ、二十九日を何度か留置場で暮すことには慣らされていたし、殊《こと》に一昨年は八カ月も刑務所に行っていた。母親はその間差入に通ってくれた。それで今ではそういうことではかえって私のしている仕事を理解していてくれているのである。たゞ
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