又母親のことを私に伝えてくれた。
私は自分の家を出るときには、それが突然だったので、一人の母親にもその事情を云《い》い得ずに潜《も》ぐらざるを得なかったのである。その日は夜の六時頃、私は何時《いつ》ものレンラクに出た。私は非合法の仕事はしていたが、ダラ幹の組合員の一人として広汎《こうはん》な合法的場面で、反対派として立ち働いていたのである。ところが六時に会ったその同志は、私と一緒に働いていたFが突然やられたこと、まだその原因はハッキリしていないが、直接それとつながっている君は即刻もぐらなければならないことを云った。私は一寸呆然《ちょっとぼうぜん》とした。Fの関係で私のことが分るとすれば、それは単にダラ幹組合の革命的反対派としてゞは済まない。オヤジの関係になるのだ。私は一度家に帰って始末するものはして、用意をしてもぐろうと思い、そう云った。それだけの余裕はあると思った。するとその同志は(それがヒゲだったのだが)
「冗談も休み休みに云うもんだ。」
と、冗談のように云いながら、然《しか》し断じて家へは帰ってならないこと、始末するものは別な人を使ってやること、着のみ着のまゝでも仕方がないこと
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