は然し何も云わなかった。私はしばらくして返事をうながした。が黙っている。彼女はその日とう/\何も云わないで、帰ってしまった。
 その次に会うと、笠原は私の前に今迄になくチョコナンと坐っているように見えた。それは如何《いか》にもチョコナンとしていた。肩をつぼめて、両手を膝の上に置き、身体を固くしていた。彼女の下宿に泊った次の朝、下宿から一歩出たとき、「あ――あ、よかった畜生め!」と男のような明るさで叫んだ女らしさが何処にも見えなかった。私はそれを不思議に眺《なが》めた。
 私達は色々と用事の話をした。その話が途切れると、女はモジ/\した。二人ともこの前の話を避け、それを後へ後へと残して云った。用事が済んでから、私はとう/\云った。――彼女は自分の決心をきめて来ていたのだった。
 私は笠原はその後直ぐ一緒に新しい下宿に移った。そこは倉田工業から少し離れていたが、須山や伊藤は電車でも歩ける「身分」なので、こっちへ出掛けて来てもらった。それで交通費を節約し、道中の危険を少なくすることが出来た。



 須山はそっちの方に用事があると、時々私の母親のところへ寄った。そして私の元気なことを云い、
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