れて、彼女はカン/\に怒った。
太田などは、自分の心変りや卑屈さが、自分だけのこと[#「自分だけのこと」に傍点]ゝ考えてるのだろう。だが、それは沢山の労働者の上に大きな暗いかげを与えるものだと云うことを知らないのだ。彼奴は個人主義者で、敗北主義者で、そして裏切者だ。彼はそれに未だ警察に知れていない私の部署、その後の私の行動に就いてもしゃべっているのだ。とすれば、私がこれから倉田工業の仲間たちと仕事をして行くことは十倍も困難になってくるわけである。――私達はこうして、敵のパイ共からばかりでなく、味方うちの「腐った分子」によっても、十字火を浴びさせられる。その日交通費もあまり充分でなかったので、歩いて帰った。途中私の神経は異常に鋭敏になっていた。会う男毎にそれがスパイであるように見えた。私は何べんも後を振りかえった。太田の「申上げ」によって、彼奴等は私を捕かもうとして、この地区を厳重に見張りしていることは考えられるのだ。ヒゲの話によると、(前に話したことがあった)彼奴等は私達一人を捕かむと五十円から貰えるということだ。彼奴等はそのエサに釣《つ》られて、夢中になっているだろう。――だが、こ
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