いゝ」と云うようになった。「ただ貧乏人のためにやっているというだけで、罪のない娘をあんなに殴ぐったりするなんてキット警察の方が悪いだろう」と母親は会う人毎《ごと》にそう云うようになっていた。――自分の母親ぐらいを同じ側に引きつけることが出来ないで、どうして工場の中で種々雑多な沢山の仲間を組織することが出来るものか。このことに多くの本当のことが含まっているとすれば、伊藤などはそ黷ナある。未組織をつかむ彼女のコツには、私は随分舌を巻いた。少しでも暇があると浅草のレビュウヘ行ったり、日本物の映画を見たり、プロレタリア小説などを読んでいた。そして彼女はそれを直ちに巧みに未組織をつかむときに話題を持ち出して利用する。(余談だが、彼女は人目をひくような綺麗《きれい》な顔をしているので、黙っていても男工たちが工場からの帰りに、彼女を誘って白木屋の分店や松坂屋へ連れて行って、色々のものを買ってくれた。彼女はそれをも極めて、落着いて、よく利用した。)
彼女は人の意見をよく聞く素直《すなお》な女だったが、自分の今迄何十ぺんという経験のふるい[#「ふるい」に傍点]を通して獲得してきた方法に対しては、石みた
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