仕事を始めた。母親はその度に「今度は行ってお呉《く》れでないよ」と頼んだのだが。母親は、それで娘が捕かまったから出頭しろという警察の通知が来ると喜んだ。そして警察では何べんもお礼を云って帰ってきた。三度目か四度目に家に帰ったとき、伊藤は久し振りで母親と一緒に銭湯に行った。彼女はだん/″\仕事が重要になって行くし、これからは今迄のように容易《たやす》く警察を出れることも無くなるだろうというような考もあったのである。それは蔭ながらのお別れであったわけである。ところが母親はお湯屋で始めて自分の娘の裸の姿を見て、そこへヘナ/\と坐ってしまったそうである。伊藤の体は度《たび》重なる拷問で青黒いアザだらけになっていた。彼女の話によると、そのことがあってから、母親は急に自分の娘に同情し、理解を持つようになったというのである。「娘をこんなにした警察などに頭をさげる必要はいらん!」と怒った。その後、交通費や生活費に困り、仕方なく人を使って母親のところへ金を貰《もら》いに行くと、今迄は帰って来なければ「金は渡せん」といったのに、二円と云えば四円、五円と云えば七八円も渡してくれて、「家のことは心配しなくても
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