か居ないかが分ったし、家を出てしまえば直《す》ぐにぎやかな通りに紛ぎれ込んでしまえるので、案外条件が良かった。
二階の私の室の窓は直ぐ「物干台」に続いていた。そして隣りの家の物干までには、一またぎでそこからは容易《たやす》く別な家の塀《へい》が越せることが分った。私はそれで草履《ぞうり》一足買ってきて、窓を開いたら直ぐ履けるように、物干台に置くことにした。たゞ困ったことは、この辺の家は「巴里《パリ》の屋根の下」のように立て込んでいるので、窓を少しでも開《ひら》くと、周囲の五六軒の家の人たちやその二階などを間借りしている人たちに顔を見られる危険性があった。それらの家の職業がハッキリするまで、私は四方を締め切って坐り込んでいなければならなかった。それで私は世間話をするために、下へ降りていった。世間話から近所の様子を引き出そうと思ったのである。
聞いてみると法律事務所へ通っている事務員、三味線のお師匠さん、その二階の株屋の番頭さん、派出婦人会、其他七八軒の会社員、ピアノを備えつけている此の辺での金持の家などだった。下宿を決めた夜のうちに、隣近所のことがこれだけ分ったということは大成功であ
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