ている人であったという例が沢山ある。が、下宿の主人の商売がすぐ分るのはよい方で時には一カ月も分らないまゝでいることさえある。「ご主人は何商売ですか」というこの単純な問いも、こっちがこっちだけに、仲々淡泊には訊《き》けないのだ。
私はおばさんにお湯屋の場所をきいて、外へ出た。第二段の調査のためである。まず毎日出入りする道に当る家並の門礼を、石鹸《せっけん》とタオルを持った恰好《かっこう》で、ブラブラと見て歩いた。五六軒見て行くと、曲り角に「警視庁巡査――」の名札があった。然しそれは大きな邸宅の裏門に出ているので、大して心配が要らない。お湯屋から出ると、今度はその辺にある小路や抜け路を調らべて帰ってきた。一般にこの市は(他の市もそうかも知れないが)奇妙なことには、工場街と富豪の屋敷街がぴったりくっついて存在しているということである。今度のところも倉田工業のある同じ地区にも拘らず、ゴミ/\した通りから外《は》ずれた深閑とした住宅地になっていた。それにいいことには、しん閑とした長い一本道を行くと直ぐにぎやかな通りに続いていることで、用事を足して帰ってきても、つけ[#「つけ」に傍点]られている
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