る。或《ある》いは口喧《やか》ましい派出婦人会だけを除くと、まず周囲はいゝ方と云わなければなるまい。
 たゞ、今迄《いままで》の経験で、アジトを襲われたり、アジトに変なことがあったりしたら直ぐ出掛けて行ける宿所を作って置かなければならない。どんなに安全そうに見えても、それは少しも何時までもの安全を意味してはいない。事実、私はこの前の前の下宿で、移ってから二日目だというのに、お湯へ行って帰ってくると、下宿の前に洋服を着た男が立っているのだ。そこは一本道で、私はその男を発見したが、そこからは引ッ込みのつかないほど間近に来てしていた。私は仕方なしに、身体をフラ/\と振り、濡《ぬ》れ手拭《てぬぐい》を眼につくように垂らし、ウロ覚えの「幻の影をしたいて、はるばると……」を口笛で吹いて、下宿には入らずに通り過ぎた。洋服の男は私の方を見たようだったが、その見方は張り込んでいる見方にしては、何処《どこ》か不審なところがあるように思われた。私は暫《しば》らく来てから振りかえってみた。が、男は未だ立って居り、こっちを見ている。私はその夜同志のところへ転げこんだ。その同志は経験のある同志で、第一にそんな張り
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