家が無いかと訊《き》いた。然《しか》し今迄彼女はもう殆《ほと》んど知っている家は、私のために使ってしまっていた。商会の女の友達も二三人はいるが、それはこッちの運動のことなど少しも分っていないし、「それにみんなまだ独り[#「独り」に傍点]」だった。笠原はしきりに頭を傾《かし》げて考えていたが、矢張り無かった。時計を見ると十時近い。十時過ぎてから外をウロつくのは危険この上もなかった。それに私はまだナッパ服のまゝなので、一層危険だった。女の友達なら沢山頼めるところがあるのだが、「君、男だから弱る」と笠原は笑った。私も弱った。然しいずれにしろ私は捕まってはならないとすればたった一つのことが残されていた。それを云い出すには元気が必要だったが。
「こゝ[#「こゝ」に傍点]は、どうだろう……?」
 私は思いきって云い出したが、自分で赤くなり、吃《ども》った。――人には大胆に見えるだろうが、仕方がなかった。
「…………!」
 笠原は私の顔を急に大きな(大きくなった)眼で見はり、一寸《ちょっと》息を飲んだ。それから赤くなり、何故《なぜ》かあわてたように今迄横座りになっていた膝《ひざ》を坐り直した。
 し
前へ 次へ
全142ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング