小路に入って二三度折れ曲がり、女のところへ行った。初めてではありそれに小路に入ったりしたので少し迷った。店先にはお爺《じい》さんが膏薬《こうやく》の貼《は》った肩を出して、そこを自分の手でたゝいていた。上の笠原さんがいますか、と訊《き》くと、私の顔を見て黙っている。二度目に少し大きな声を出した。すると、障子のはまった茶の間の方を向いて何か分からないことを云った。誰か腰の硝子からこっちを覗《のぞ》いた。
「さア、出て行きましたよ」
 内《うち》でうさん臭く云った。
 私は、ハタと困ってしまった。何時《いつ》頃かえるのでしょうかと訊くと、そんな事は分らんと云う。私の人相《身装》を見ているなと思った。どうにも出来ず、私はそこに立っていた。然し仕様がなかった。私は九時頃に又訪ねてみると云って外へ出た。出てから三階を見上げると、電燈が消えている。私は急にがっかりした。
 夜店のある通りに出て本を読んでみたり、インチキ碁の前に立ってみたり、それから喫茶店に入って、二時間という時間をようやくつぶして戻ってきた。角を曲がると、三階の窓が明るくなっていた。
 私は笠原に簡単に事情を話して、何処《どこ》か
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