がった。だが本当はウカツでもなんでもなかったのだろう。私は第一こんなに早く太田が私の家《アド》を吐こうなどとは考えもだに及ばなかったからである。私はギョッとして立ちすくんだ。二階の私の室には電燈がついている! そしてその室には少なくとも一人以上の人の気配のあることが直感として来た。張り込まれていることは疑うべくもなかった。だが、室の中には色々と持ち出したいものがある。次の日から直ぐ差支えるものさえあった。――私は然しこの「だが[#「だが」に傍点]」がいけないと、直ぐ思いかえした。
私には今直《す》ぐと云えば、行く処はなかった。今迄の転々とした生活で、知り合いの家という家は殆《ほと》んど使い尽してしまっていたし、そういう処は最早二度の役には立たなかった。私はまず何よりこの地域を離れる必要があるので、電車路に出ると、四囲を注意してから円タクを拾った。別に当ての無い処だったが、
「S町まで二十銭。」
と云った。
その時フト気付いたのだが、私は工場からの帰りそのまゝだったので、およそ円タクには不調和な服装をしていた。――私は円タクの中で考えてみた。が、矢張り見当がつかない。私は焦《あせ》り
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