ってる奴があるか!」と、オヤジが苦笑した。
「でも、会社は随分ヒドイことをしてるんだね、おじさん!」
「それだ――それだからビラが悪いって云うんだよ!」
「そう? じゃやめる時、本当に十円出すの?」
オヤジは詰って、
「そんなこと知るもんか。会社に聞いてみろ!」
と云った。
「何時《いつ》かおじさんだってそう云ってたんじゃないの! あ、矢張りビラのこと本当なんだ!」
 女のその言葉で、職場のものはみんな笑い出した。
「よオ/\、しっかり!」
 誰かそんなことを云った。
 オヤジは急に真ッ赤になり、せわしく鼻をこすり、吃《ども》ったまゝカン/\に出て行った。――それで私たち第三分室は大声をあげた。事は小さかったが、そのためにオヤジの奴め他のものからビラを取り上げるのを忘れて出ていってしまった。
 その日、仕事が始まってから一時間もしないとき、私は太田が工場からやら[#「やら」に傍点]れて行ったという事を聞いた。ビラを持って入ったことが分ったらしい。

 太田は――何より私のアジトを知っている!
 彼は前に、事があったら三日間だけは頑張ると云っていた。三日間とは何処《どこ》から割り出したん
前へ 次へ
全142ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング