に適応するように心掛けた。充分なことは出来なかったが、それは可なり大切なことなのだ。私達はいずれにしろ、不審\尋問《じんもん》を避けるためにキチンとした身装《みなり》をしていなければならなかったが、然《しか》し今のような場所で、八時というような時間に、洋服を着てステッキでもついて歩くことはかえって眼について悪かった。で、私は小ざッぱりした着物に無雑作《むぞうさ》に帯をしめ、帽子もかぶらずに出たのである。
 真直ぐの道の向うを、右肩を振る癖のあるSのやってくるのが見えた。彼は私を認めると、一寸ショー・ウインドーに寄って、それから何気ないように小路を曲がって行った。私はその後を同じように曲がり、それからモウ一つ折れた通りで肩を並らべて歩き出した。
 Sは私から一昨日入ったビラの工場内での模様を聞いた。色んな点を訊いてから、
「問題の取り上げは、何時《いつ》でも工場で話題になっていることから出発しているのは良いは良いが、――それらの一歩進んだ政治的[#「政治的」に傍点]な取り上げという点では欠けている。」
と云った。
 私はびっくりして、Sの顔を見た。成る程と思った。私はビラの評判の良さに喜
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