僚友会」の清川や熱田を大衆から切り離すことをしようと考えた。伊藤もそれに賛成した。労農大衆党という兎《と》にも角にも労働者のための党であり、兎にも角にも帝国主義戦争には反対している、だが本当は少しも「労働者のための党」でもなく、帝国主義戦争にも上《うわ》べだけでしか反対していないのだということを、皆の前で知らせる必要があった。須山と伊藤は「僚友会」の平メンバーに入っていた。プロレタリアートがブルジョワジーのあらゆる偽マン的政策の本質をえぐり出して、戦争に反対するという困難な仕事をしてゆくためには、何より「僚友会」のような見せかけの味方――右翼\日和見《ひよりみ》主義者と闘って行かなければならぬ。須山は慰問金のことで、「僚友会」の定期総会を開いたらどうか、と清川のところへ持って行った。それと同時に伊藤の仲間や自分の仲間を通して、「慰問金」募集の問題を一般に押し拡めることにした。
総会に出てみると、驚いたことには青年団の職工も来ている。私たちが「僚友会」を重くみていたのは、そこには臨時工はホンの少ししかいなかったが、本工が多かったからである。伊藤や須山の仲間には本工が一人か二人しかいなか
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