をし、足を引きずって、やってくるので、私は吃驚《びっくり》した。「やられた!」と云うのだ。彼は時々ほう[#「ほう」に傍点]帯の上から顔を抑えた。傷が痛んで、どうしようかとも思ったが時期が時期だし、連絡が切れると困るので、ようやくやってきたのだった。私たちは外を歩くのをやめて、しるこ屋に入った。
 工場では外《そと》の警察だけではあまり効果がないと云うので、清川や熱田の「僚友会」や在郷軍人の青年団を入れ、内部から「赤狩り」をしようとしたのに、「マスク」やビラなどで、その事さえバク露されて、あせり出したらしい。ところが会社はこの二三日前から例の「慰問金」の募集をやり出した。時期おくれに倉田工業がそれをやり出したというのはそれでもって工業内の雰囲気《ふんいき》を統一して、所謂《いわゆる》赤の喰い込む余地をなくしようという目的からだった。「忠君愛国」であろうが、何んであろうが、彼等は自分の利益にならないものなら、見向きもしない。会社にこのことを献策したのは、パラシュート工場で、「マスク」を持っていた女工を殴ぐりつけた「職工の服を着た」在郷軍人の青年団たちらしい。
 須山はこの問題をつかんで、「
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