合っていた。
昼休みの様子をみていると、青年団の「満洲王国」の話は、何んだか夢のような、それは信じていいのかどうか、若しも本当だとすればいゝがという程度だったが、清川たちの話には臨時工などが賛成だった。戦争に行って死んだり、不具になったり、又結局「満洲王国」と云ったところで、そんなに自分たちのためになるかどうか分ったものでない、然《しか》しとにかく戦争があったゝめに自分達は長い間の失業からどうにか職にありつけたのである、だから仕事は臨時工だというので手当もなく、強制残業させられたり、又たゞ臨時工だからというので本工と同じ分量の仕事をしているにも拘らず賃銀が安かったりするのが不満だったが、とにかく戦争のお蔭《かげ》を蒙《こうむ》っていると考えていた。
清川のように自分が少なくとも「労働者のための」政党である大衆党の一人であるということさえも忘れて、まるで資本家にでもなったようにその株の値段を心配してやったり、そのお蔭《かげ》のことを考えているような意見でも、職工たちの(殊に臨時工の)目先きだけの利益を巧みにつかんでいるのである。
伊藤は、自分[#「自分」に傍点]や自分たちの仲間は、皆んなの前でそんな考え方の裏を掻いて、女工たちにちゃんと納得させるという段になると、下手《へた》だし、うまく反駁《はんばく》が出来ない。「歯がゆくて仕方がない」と云った。私は伊藤のこのことは本当だと思った。私たちは今度の戦争の本質が何処にあるかということは、ハッキリ知っている。然し自惚《うぬぼ》れなく、私たちはそのことをみんなに納得させること、つまりみんなの毎日の日常の生活に即して説明してやることでは、まだ/\拙《まず》いのだ。レーニンは、戦争の問題では往々にして革命的労働組合でさえ誤まることがあると云っている。そこへもってきて清川と熱田とかはモットそれを分らなくするために努力しているのだから、益々《ますます》むずかしい。
会社では此頃五時のところを六時まで仕事をしてくれとか、七時までにしてくれとか云って、その分に対しては別に賃銀を支払うわけでもなかった。そんなことは此頃では毎日のようになっていた。臨時工などはブツ/\云いながらも、それをしなかったりすると、後で本工に直して貰《もら》えないかも知れないと云うので、居残った。が、六時迄やるとどうしても弁当を食わなければ出来ない。弁当代は出ない。すると六時迄仕事をするために、かえって一日の貰《もら》い分が減るという状態なのである。それは賃銀を下げるぞと云わずに、実際では賃銀を下げているやり方なので、みんなは「人を馬鹿にしてる」と云って、憤慨し出した。伊藤のいるパラシュートでは、六時まで居残りのときは「弁当代を出して貰《もら》わなければ、どうもならん」と、云っている。
そればかりでなく、最近では働く時間が十時間なら十時間と云っても、もとゝはすっかりちがっていた。本工に組み入れられるかも知れないというので、みんなの働きは見違えるほど拍車がかけられていた。前には仕事をしながら隣りと話も出来たし、キヌちゃん式に前帯に手鏡を吊《つる》して、時々\覗《のぞ》きこむことが出来たが、今ではポタ/\落ちる汗さえ袖《そで》で拭《ぬぐ》う暇がない。パラシュートなどは電気アイロンを使うので、汗でぐッしょりになる。拡げたパラシュートに汗がポタ/\落ちた。――出来高からみると、会社は以前の四〇%以上も儲《もう》けていることが分った。それに拘《かかわ》らずもと通りの賃銀しか払わないのである。それは実際に仕事をしている職工たちにはよく分った。――が、みんなは自分の生活のことになると、「戦争」は戦争、「仕事」は仕事と分けて考えていた。仕事の上にます/\のしかぶさってくる苛酷《かこく》さというものが、みんな戦争から来ているということは知らなかった。だから、その結び付きを知らせてやりさえすれば、清川や青年団などの理窟《りくつ》をみんなは本能で見破ってしまう。
以上のことから、細胞として、どこに新しい闘争の力点が置かれなければならないかゞハッキリした。清川や熱田などが臨時工のなかに持っている影響を切り離すために、みんなで「労働強化反対」とか「賃銀値上げ」とか「待遇改善」などを僚友会に持ち込ませる。そうすれば彼等は、色々な理窟を並べながら、結局その闘争の先頭に立つどころか、みんなを円めこんでしまう。それを早速つかんでみんなの前で、彼奴等味方ではないということをハッキリさせる。更に私たちは細胞会議の決議として、「マスク」の編輯《へんしゅう》で、工場内のファシスト、社会ファシストのバクロを新しく執拗《しつよう》に取り上げてゆくことにきめた。
書きちらしの紙片《かみ》を一つ一つマッチで焼きながら、
「こう見てくると、向うかこッちかという決戦
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