合っていた。
 昼休みの様子をみていると、青年団の「満洲王国」の話は、何んだか夢のような、それは信じていいのかどうか、若しも本当だとすればいゝがという程度だったが、清川たちの話には臨時工などが賛成だった。戦争に行って死んだり、不具になったり、又結局「満洲王国」と云ったところで、そんなに自分たちのためになるかどうか分ったものでない、然《しか》しとにかく戦争があったゝめに自分達は長い間の失業からどうにか職にありつけたのである、だから仕事は臨時工だというので手当もなく、強制残業させられたり、又たゞ臨時工だからというので本工と同じ分量の仕事をしているにも拘らず賃銀が安かったりするのが不満だったが、とにかく戦争のお蔭《かげ》を蒙《こうむ》っていると考えていた。
 清川のように自分が少なくとも「労働者のための」政党である大衆党の一人であるということさえも忘れて、まるで資本家にでもなったようにその株の値段を心配してやったり、そのお蔭《かげ》のことを考えているような意見でも、職工たちの(殊に臨時工の)目先きだけの利益を巧みにつかんでいるのである。
 伊藤は、自分[#「自分」に傍点]や自分たちの仲間は、皆んなの前でそんな考え方の裏を掻いて、女工たちにちゃんと納得させるという段になると、下手《へた》だし、うまく反駁《はんばく》が出来ない。「歯がゆくて仕方がない」と云った。私は伊藤のこのことは本当だと思った。私たちは今度の戦争の本質が何処にあるかということは、ハッキリ知っている。然し自惚《うぬぼ》れなく、私たちはそのことをみんなに納得させること、つまりみんなの毎日の日常の生活に即して説明してやることでは、まだ/\拙《まず》いのだ。レーニンは、戦争の問題では往々にして革命的労働組合でさえ誤まることがあると云っている。そこへもってきて清川と熱田とかはモットそれを分らなくするために努力しているのだから、益々《ますます》むずかしい。
 会社では此頃五時のところを六時まで仕事をしてくれとか、七時までにしてくれとか云って、その分に対しては別に賃銀を支払うわけでもなかった。そんなことは此頃では毎日のようになっていた。臨時工などはブツ/\云いながらも、それをしなかったりすると、後で本工に直して貰《もら》えないかも知れないと云うので、居残った。が、六時迄やるとどうしても弁当を食わなければ出来ない。弁当代は
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