》が一人走っていった。
 もう一人がその後から走っていった。
 百人近くの土方がきゅうにどよめい[#「どよめい」に傍点]た。「逃げたなあ!」
「何してる! ばか野郎、馬の骨!」
 棒頭は殺気《さっき》だった。誰かが向うでなぐられた。ボクン! 直接《じか》に肉が打たれる音がした。
 この時親分が馬でやってきた。二、三人の棒頭にピストルを渡すと、すぐ逃亡者を追いかけるように言った。
「ばかなことをしたもんだ」
 誰だろう? すぐつかまる。そしたらまた犬が喜ぶ!
 眼下《ました》の線路を玩具のような客車が上りになっているこっちへ上ってくるのが見えた。疲れきったようなバシュバシュという音がきこえる。時々寒い朝の呼吸《いき》のような白い煙を円《まる》くはきながら。
       *
 その暮れ方、土工夫らはいつものように、棒頭に守られながら現場から帰ってきた。背から受ける夕日に、鶴尖《つるはし》やスコップをかついでいる姿が前の方に長く影をひいた。ちょうど飯場《はんば》へつく山を一つ廻りかけた時、後から馬の蹄《ひづめ》の音が聞えた。捕《つ》かまった、皆そう思い立ち止まって、振り返ってみた。源吉だっ
前へ 次へ
全6ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング