たちはちっとも自分のその惨めなことを知っていないのだ。これは恐ろしいことだと思った。彼は何度も雪やぶの中に足をふみ入れた。しかし、同時に彼は自分に対する反省を感じた。ハッキリ何をしなければならないかとかいうことが分っていながら、ちっともきまらない、あやふやな自分が考えられた。どこかで恵子がこの野良犬のようにほっつき廻っている彼を嘲笑《あざわら》っているように思われた。こういう気持の場合恵子のことを思うことだけでも彼はたまらなかった。
 前から人が来た。彼とすれちがう時に、ハズミで、どしんと打ち当った。半纒《はんてん》を着た丈の高い労働者だった。彼はちょっと振りかえって見た。男も後を見た。そして「あほう……」と言った。酔っているらしかった。
「ばか野郎※[#感嘆符二つ、1−8−75] どこをウロついてるんだい、この穀《ごく》つぶし※[#感嘆符二つ、1−8−75]]」
 しかしそう言ったか、どうか分らない、そう聞いたように思ったその瞬間、彼はきゅうに自分の身体が軽く、ちょっと飛び上ったように感じた。眼がクラクラッとした。そして次の瞬間には龍介は道ばたの雪やぶの中に手をついていた。片方の眼が
前へ 次へ
全33ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング