れていた。一所にいることが出来ない。何か心の底で終始せき立てられていた。――女房たちは、夫の稼いでいる運河のある港通りへ出てきた。
 日暮れまでいて、帰りに女房たちは親方へ寄った。幾らでも貸して貰いたかった。
 ――笑談《じょうだん》じゃない!
 受付から親方が顔を出した。
 ――この不景気をみてくれ。こっちが第一喰えないんだ。
 そう云われても、女房たちは受付の手すりに肱《ひじ》をかけたきり、だまっていた。帰ることを忘れていた…………。
「H・S工場」の窓から、澱んだ運河を越して、その群れが見えた。――浜が騒がしくなった。「Y労働組合」はそれ等の間を縫って活動していた。不穏なストライキが起るのは、たゞ「きっかけ」だけあればよかった。組合はそれに備える充分の連絡と組織網を作って置かなければならなかった。
「工場代表者会議」が緊急に開かれた。それはこの場合二つの意味をもっていた。――運輸労働者が一斉に蹶起《けっき》したとしても、Y市の「工場労働者」がその闘争の外に立つことは、他の何処の市でもそうであるように分りきっていた。それをこの「工代」の力によって、全市のストライキに迄発展させなけれ
前へ 次へ
全139ページ中87ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング