の頁を振る動作をしていた自分にギョッと気付いたからだった。
 彼はそれをつかむと、階段を下りて、街へ出て行った。だが、彼の顔色がなかった。

          中 九

 ――君ちァん、君ちァん。――キイ公オ!
 二階の函詰場《パッキング・ルーム》で、男工と女工がコンヴェイヤーの両側に向い合って、空罐を箱詰めにしていた。パッキングされた函《はこ》は、二階からエスカレーターに乗って、運河の岸壁に横付けにされている船に、そのまゝ荷役が出来る。――昼近くになって、罐が切れた。皆が手拭で身体の埃を払いながら、薄暗い階段を下りて行った時だった。暗い口を開らいている「製品倉庫」のなかから、低くひそめた声が呼んでいる。前掛けはしめ直していたお君が「クスッ」と笑って、――急いで四囲を見た。だまっていた。
 ――キイ公、じらすなよ!
 お君はもう一度クッと笑って、倉庫の中へ身体を跳ねらした。
 ――ア、暗い。
 ワザと上わずった声を出して、両手で眼を覆った。居ない、居ないをしているように。
 ――こっちだ。
 男の手が肩にかゝった。
 ――いや。
 女が身体をひいた。
 ――何が「いや」だって。手ば除
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