前、十五銭ばかし持ってないかな。
 具合悪そうに、そう云っているのだ。
 彼は又かと思った。「うん」と云うと、父は子供のような喜びをそのまゝ顔に出した。
 ――えゝ鉢があってナ、市《まち》さ出るたびに眼ばつけてたんだどもナ……!

          五

 暗くなるのを待った。その「会合」は秘密にされなければならなかった。
 ――活動へ行ってくるよ。
 家へはそう云った。昼のほとぼりで家の中にいたまらない長屋の人達は、夕飯が済むと、家を開《あ》けッ放しにしたまゝ、表へ台を持ち出して涼んだ。小路は泥溝《どぶ》の匂いで、プン/\している。それでも家の中よりはさっぱりしていた。大抵裸だった。近所の人たちと声高に話し合っていた。若い男と女は離れた暗がりに蹲《しゃが》んでいた。団扇だけが白く、ヒラ/\動くのが見えた。森本はそのなかを、挨拶をしながら表通りへ抜けた。――この町は「工場」へ出ている人達、「港」へ出ている人達、「日雇」の人達と、それ/″\何処かに別々な気持をもって住んでいる。
 この一帯はY市の端《は》ずれになっていた。端ずれは端ずれでも、Y市であることには違いなかった。然しこのT町
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