ミであればあるほどいゝのだから……仲々ね。――
 ――それは本当だ。でねえ、僕らが何故口をひらけば「工場の沈んだ組織」と七くどく云うかと云えば、仮りにYのような浮かんだ[#「浮かんだ」に傍点]労働組合を千回作ったとしても、「三・一五」が同様に千回あれば、千回ともペチャンコなのだ。それじゃ革命にも、暴動にも同じく一たまりもないワケだ。話が大きいか。ところが、こうなのだ。最近戦争の危機がせまっていると見えて、官営[#「官営」に傍点]の軍器工場では、この不況にも不拘《かかわらず》、こっそり人をふやしてるらしい。M市のS工場などは三千のところが、五千人になっているそうだ。この場合だ。僕らが、その工場の中に組織を作って行ったとする。それは勿論、表面などに「活発にも」「花々しく」も出すどころか、絶対に秘密にやって行くわけだ。そこへ愈々《いよいよ》戦争になる。その時その組織が動き出すのだ[#「その組織が動き出すのだ」に傍点]。ストライキを起す。――軍器製造反対だ。軍器の製造がピタリととまる。それが例えば大阪のようなところであり、そして一つの工場だけでなかったとしたら、戦争もやんでしまうではないか。こゝを云うのだ。――然しこんなことをY労働組合の誰かに云ったら、夢か、夢を見てるのかと云われそうだ。がこれだけは絶対に今から[#「今から」に傍点]やって行かないと、乞食《こじき》の頭数を集めるように、その場になって、とてもオイそれと出来ることではないんだ。
 ――僕らはそれをやって行こうと思っているんだ。そのために……。
 ――俺も失敗《しくじ》ったよ。
 石川が云った。
 ――職場ば離れるんでなかった。な、河田君!
 ――然しあの頃と云ったら、組合へ必ず出てきて、謄写版を刷って、ビラをまくことしか「運動」と云わなかったもんだ。
 ――そうなんだ。正直に云って、工場にじっとしていることが、良心的にたまらなかったんだ、あの頃は。
 森本は初めて口を入れた。
 ――然し工場は動き[#「動き」に傍点]づらいと思うんです。大工場になると「監獄部屋」のようなことはしないんですから……。
 彼は今日の工場の様子を詳しく話した。河田たちは一つ、一つ注意深くきいていた。
 ――それはそうだ。
 と河田が言った。
 ――だから今迄何時も工場が後廻わしになってきたのだ。

          六

 森本は河田に云われて、「H・S工場」の地図を書いた。河田はその他に、市内の色々な工場の地図を持っていた。それからY市の全図を拡げて「H・S」のところに赤い印をつけた。
 ――水上署とは余程離れてるだろうか。
 ――四……四町位でしょう。
 ――四町ね?
 ――悪いところに立ってるな。
 石川が顔をあげた。
 ――この市《まち》の水上はドウ[#「ドウ」に傍点]猛だからな。
[#H・S工場の地図(fig1466_01.png)入る]
 森本は工場について一通り説明した。――工場Aが製罐部で、罐胴をつくるボデイ・ラインと罐蓋をつくるトップ・ラインに分れている。ボデイの方は、ブリキを切断して、円く胴をつくり、蓋《ふた》をくっツけて締めつけ、それが空気が漏《も》れないか、どうかを調べる。切断機《スリッター》、胴付機《ボデイ・マシン》、罐縁曲機《フレンジャー》、罐巻締機《キャンコ・シーマー》、空気検査機《エアー・テスター》などがその機械で、トップの方は錻力圧搾機《プレス》、波形切断機《スクロール》、と蓋の溝にゴムを巻きつける護謨塗機《ライニング・マシン》がある。――工場Bは、階下はラッカー工場で、罐に漆《うるし》を塗るところで、作業は秘密にされていた。階上は罐をつめる箱をつくるネーリング工場で、側板、妻板、仲仕切りを作っている。――出来上った罐とこの空箱が倉庫の二階のパッキング・ルームに落ち合って、荷造りされるわけである。工場Cは森本たちのいる仕上場になっていた。
 ――その外の附属は?
 河田がきいた。
 ――実験室。これはラバー(ゴム引き)の試験と漆塗料の研究をやっています。こゝにいる人は私らにひどく理解を持ってゝくれるんです。どッかの大学を首になったッて話です。
 ――自由主義者ッてところだろう。
 ――それから製図室と云って、産業の合理化だかを研究しているところがあります。
 ――ホ、産業の合理化?
 河田が調子の変った響きをあげた。
 ――「H・S工場」が始めて完全なコンヴェイヤー組織にかえられたのも、こゝの部員があずかって力があったそうです。――その時は一度に人が随分要らなくなったので、とう/\ストライキになって、職工たちが夜中に工場へ押しかけて行って、守衛をブン殴《な》ぐって、そのコンヴェイヤーのベルトを滅茶苦茶にしてしまったことがありました。何んしろ、作業と作業の間に
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