どうした? 太《ふて》え野郎だ。
然しそれ以上職長にはどうにも出来なかった。「うらめし」そうに踏みにじられた紙片を見ながら、
――この野郎、とう/\誤魔化しやがった! 畜生め!
と云った。
機械から手を離して見ていた職工たちは、ざまア見やがれ、と思った。
――グレエンに吊《つる》されるのも、もう少しだぞ。
職長は目論見《もくろみ》外れから工合悪そうに、肩を振って帰って行った。職工たちの眼はそれを四方から思う存分|嘲《あざけ》った。
――バーカーヤーロー。
ステキ盤でシャフトに軌道をほっていた仲間が、口を掌で囲んで、後から悪戯した。皆がドッと笑った。職長がくるりと振りかえって、職場を見廻わした。急に皆が真面目な顔をして、機械をいじる真似をした。我慢が出来なくて、誰か隅の方で、プウッと吹き出してしまった。
――いま/\しい奴だ!
硝子戸を乱暴に開けて、中へ入った。
――自分の首でも気をつけろ、馬鹿!
昼休みには、森本と重な仲間が四人同じ所に坐って、もう一度綿密に考えを練った。
――女の方はどうかな。
――戦術としてもな。ハヽヽヽヽ。
――そうだよ。
お君は余程離れた向う隅で、仲間に何か一生懸命しゃべっているのが見えた。顔全部を自由に、大げさに動かしながら、口一杯でものを云っている。お君がそこにすっかり出ていた。――森本はその女に自分の気持をチットモ云えないことを、フト淋しく思った。飯が終る頃、お君が食器を持ったまゝ皆のいる所を通った。
――どうだ?
――四分の一位。別に反対の人はないのよ。それでも女は一度も出つけ[#「出つけ」に傍点]ないでしょう。
――うん。
――でも、頑ん張ってみる。
――頼む。
――森さん、今日は「首」を投げてやってよ。首になったら、皆で養ってあげるから。
お君は明るく笑って、スタンドへ行った。
――それから「偉い方」はどうかな。
と森本が仲間にきいた。
――事務所ではまだ勿論「工場大会」のことには気付いてはいないんだが、対策はやってるだろう。――給仕が云ってた。自動車で専務がやってきたって。工場長が電話で呼んだらしい。ところが専務は気もでんぐり返えして、馳け廻ってるんだ。まだ/\工場どころでないらしいんだ、
――こゝは俺達のつけ[#「つけ」に傍点]目さ。
脱衣場は集合場になる「食堂」と隣り合って、二階になっている。そして降り口は一つしかなかった。――で、帰るのにはどうしても二階に行って、食堂を通り、服を着かえて、その階段を又降りて来なければならない。それが偶然にも森本たちに、この上もない有利な条件を与えた。食堂の会合に出なければ、どうしても帰ることが出来ないようになっていた。――普段から職工仲間に信用のある「細胞」を階段の降り口に立たせて置いて、職工を引きとめた。
不賛成な職工や女工はしばらく下の工場で、機械のそばや隅の方を文句を云いながら、ブラブラしていた。帰るにも帰れなかったのだ。年老《としと》った職工や女房のいるのが多かった。女工たちは所々に一かたまりになって、たゞ立っていた。女の方は別な理由はなかった。何んだか工合わるく、それに生意気に感じて躊躇《ちゅうちょ》しているらしかった。
――ストライキの相談じゃないんだよ。委員を選挙にして下さい。これだけの事なんだよ。
森本がそれを云って歩くと、それだけの事なら、もっと穏やかな話し様もあるんでないかと云った。
――何処にか穏やかでない処でもあるかな。会社と一喧嘩をするわけでもないし、お願いなんだ。女工はお君やお芳に説かれると、五六人が身体を打ッつけ合うように一固りにして、階段を上がった。
職長たちは事が起ると見ると、事務所の方へ引き上げていたので、一人も邪魔にならなかった。
食堂には思いがけず、三分の二以上もの職工が押しつまった。然し[#「然し」に傍点]その殆んどが、「会社存亡の問題」という考えから集まっていた。それは誤算すると、飛んでもないことだった。そうでなかったらこのフォードの職工がこれだけ集まる筈がなかった。然しそれをすかさず捉えて、強力なアジ[#「アジ」に傍点]を使って、その方向を引き寄せて来なければならなかった。――
その時、薄暗い工場の中を影が突ッきって来た。工場の要所々々に立てゝ置いた見張《ピケット》だった。
――森君、佐伯あいつ等が盛んに何んか材料倉庫で相談しているよ。それも柔道着一枚で!
――佐伯※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
森本の顔がサッと変った。――暴力で打ッ壊しに来る? それが森本の頭に来た。彼はそんなことになれていなかった。
――よし、じゃ仕上場の若手に、こゝに立ってゝ貰おう。――そして愚図々々しないで始めることだ!
森本は階段を上った。五百
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