傍点]になった、堅い身体を持っていた。
――それア何たって本場[#「本場」に傍点]さ。
――本場はよかった。出し抜かれるなよ。
と笑った。
――出し抜かれて見たいもんだ。
熟練工のいる仕上場は「金菱」のことで、直接にそうこたえるわけではなかったが、製罐部のように直ぐ代りを入れることの出来ない強味を持っていたし、何より森本を初め「細胞」の中心がこゝにあったので、しっかりしていた。
ボールバンに白墨で円を描いていた仲間が森本をちらッと見ると、眼が笑った。白墨の粉のついた手をナッパの尻にぬぐって、
――「紙」は?
と、訊《き》いた。
――朝すぐ。先手を打つ必要がある。
旋盤や平鑿盤《シカルバン》や穿削機《ミーリング》についている仲間が、笑いをニヤ/\含んだ顔でこっちを見ていた。機械に片足をかけて「金菱政策」を泡をとばして話していた。穿削機には昨日から歯を削っていた歯車が据えつけられたまゝになっていた。
大乗盤の側の空所に、註文の歯車やシャフトや鋲付する煙筒や鉄板が積まさっていた。仕上った機械の新鮮な赤ペンキの油ッ臭い匂いがプン/\鼻にきた。
就業のボーが波形の屋根を巾広くひゞかせた。職長は二人位しか工場に姿を見せていない。事務所に行ってるらしかった。――皆はいつものように、ボーがなっても、直ぐ機械にかゝる気がしていなかった。
ベルトがヒタ、ヒタ………と動き出すと、声高にしゃべっていた人声が、底からグン/\と迫るように高まってくる音に溺《おぼ》れて行った。シャフトにベルトをかけると、突然生物になったように、機械は歯車と歯車を噛《か》み合わせ、シリンダアーで風を切った。一定の間隔に空罐をのせたコンヴェイヤーが、映画のフイルムのように機械と機械の間を辷《すべ》って行った。ブランク台で大板のブリキをトロッコから移すたびに、その反射がキラッ、キラッと、天井と壁と機械の横顔を刃物より鋭く射った。トップ・ラインの女工たちが、蓋を揃えたり、数えたりしながら何か歌っている声が、どうかした機械の轟音のひけ[#「ひけ」に傍点]間に聞えた。――天井の鉄梁《ビーム》が機械の力に抗《た》えて、見えない程揺れた。
――あのニュースとかッて奴は共産党の宣伝をしてるんだろ、な。
職長が両手を後にまわしながら、機械の間を歩いていた。
――さア。
きかれた職工は無愛想につッぱねた。が、フト、ぎょッとした。――それは細胞の一人だった。「H・Sニュース」に漫画が多かったりすると、彼はよく糊付《のりづ》けにぺったり機械へはったりした。
――後にはキッと共産党がいるんだ。どうもそうだ。
――然しあんなものが共産党なら、共産党ッてものも極く当り前のことしか云わないもんだね。
――だから恐ろしいんだよ。
彼は笑ってしまった。
――だから何んでもないッて云うのが本当でしょうや。
仕事が始まってから二十分もした。――働いていた職工が後から背を小突かれた。
――何処ッかゝら廻ってきた。
紙ッ切れをポケットの中にソッと入れられた。いゝことには、職長が二人位しかいないことだった。
[#ここから4字下げ、罫囲み]
「工場委員会」の選挙制協議のため時間後一人残らず食堂へ集合の事。危機は迫っている。団結の力を以って我等を守ろう。
[#ここで字下げ終わり]
――次へ廻わしてやるんだそうだ。変な奴には廻さないそうだど。
――ホ! 矢張りな。
同じ時に、それと同じ紙片が「仕事場」にも「鋳物場」にも、「ボデイ・ライン」にも、「トップ・ライン」にも、「漆塗工場《ラッカー》」にも、「釘付工場《ネーリング》」にも、「函詰部《パッキング》」にも同じ方法で廻っていた。――
職長たちが話しながら、ゾロ/\事務所から帰ってきた。機械についていた職長がそれを見ると、周章てゝ走って行った。彼は工場の隅で立話を始めた。職工たちは仕事をしながら、それを横目でにらんだ。
仕上場の見張りの硝子戸の中から、「グレエン」職長が周章てゝ飛び出してきた。――金剛砥《グラインダー》に金物をあてゝいた斉藤が、その直ぐ横の旋盤についていた職工から、何か紙片を受取って、それをポケットに入れた。それをひょッと見たからだった。神経が尖《と》がっていた。――皆は何が起ったか、と思った。その「渡り職」の後を一斉に右向けをしたように見た。
――おいッ!
大きな手が斉藤の肩をつかんだ。然し振返った斉藤は落付ていた。
――何んですか?
ゆっくり云いながら、片手は素早くポケットの紙片をもみくしゃにして、靴の底で踏みにじっていた。
――あ、あッ、あッ、その紙だ!
職長がせきこんだ。
――紙?
砂地の床は水でしめっていた。斉藤は靴の先きで、紙片をいじりながら、
――どうしたんです。
――
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