しいのよ。で、私云ってやったの。あんた一体「お嬢さん」かッて。月を見ては何んとか思い、花を見ては……なんて、お嬢さんのするこッた。思ってることをテキパキと云って、テキパキと片づけてしまいなさいって、ね。
 ――君ちゃんらしいな!
 と森本は淋しく笑った。
 ――そんなことで、仕事がおかしくなったら大変でしょう。私その人に云ってあげるから……キッスして貰いたかったら、キッスして貰おうし……そしたら仕事にも張り合いが出来るんでないの、と云ってやった。そしたら、とてもそんな事、恥かしくッてと。――どう?
 お君は遠慮のない大きな声を出した。こういう云い方が、みんな河田から来ているのではないかと、フト思うと、彼は苦しかった。
 ――恥かしいなんて、芳ちゃん何だか、お嬢さん臭いとこあってよ。
 お君を男にすれば河田かも知れない、森本はその時思った。――河田が若し恋愛をするとすれば、それは「仕事と同じ色の恋」をするだろうと皆冗談を云った。それは彼が恋をしたって、彼の感情の上にも、いわんや仕事の上にも少しの狂いもずり[#「ずり」に傍点]も起らないだろうという意味だった。
 お芳の想っている相手が誰か、お君は云わなかった。

          下 十七

 その夏は暑かった。しかし秋は雨と氷雨が代り番に続いて、港街が荒さんだ。冬がくると、秋のあとをうけて、今度は天候がめずらしくよかった。が、天気が続けば、除雪の仕事もなくなって、労働者は瘠《や》せなければならない。
 港の労働者の生活はその上、政府の緊縮政策のために、更にドン底に落ち込ませられた。――「親方制度」「歩合制度」の手工業的な搾取方法を昆布巻きのように背負込んでいる労働者たちは、仮りに港に出て稼げても、手取りは何重にも削り取られて、半分になって入ってきた。歩合制度になっていながら、親方は「水揚げ高」(取扱高)の公表もせずに、勝手にごまかして、そのゴマかした高の何割しかくれなかった。金菱が石炭現場に積込機械《コンヴェイヤー》を据えつけてから、パイスキを担いでいたゴモが五十人も一かたまりに失業した。
 女房たちは家の中にジッとして居れなくなった。然しポカンと炉辺に坐っていれば、坐ったきりで一日中そうしていた。呆けたようになっていた。何も考えていなかった。――台所に立って行く。然し台所に行けば、何んのために立って行ったのか、忘
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