蟻を、そのニュースは思わせた。
――これからの運動は、街へ出てビラを撒いたり、演説をしたりすることではないんだぞ。
河田は少し意識のついた若い職工が、ジリ/\し出すのを見ると、それを強調しなければならなかった。
――これからニュースを五年続けてゆく根気が絶対に必要なんだ。
「H・Sニュース」には安部磯雄と専務が握手をして、後手でこっそり職工の首を絞めている漫画が出た。「狐会議」が開かれている。大テーブルを囲んで、狐の似顔にされた工場長以下職長、社員が、職工に「馬の糞」の金を握らしている。それが「工場委員会」だった。「共済会」の基金や「健保」の掛金が何処にどう、誰の利益のために流用[#「流用」に傍点]されているか。――香奠《こうでん》や出産見舞に職工が一々「礼状」を書かせられて、食堂の入口に貼られるカラクリが嘲笑された……。
そのどれもが、会社を「Yのフォード」だと思っていた職工を驚かした。
十六
――嫌になるな、君。お君と河田が変なんだぜ。
集会の帰り、鈴木が不愉快げに云った。森本はフイに足をとめた。――彼は前から、工場でもお君にキッスをしたというものが二人もいるのを知っていた。然し、それは如何にもあの[#「あの」に傍点]お君らしく思われ、不思議に気にならなかった。が、それが河田と! と思うと、彼は足元が急にズシンと落ちこむのを感じた。
――河田ッて、実にそういうところがルーズだ。
――…………。
然しそういう鈴木が本当はお君を恋していた。彼は自分の「最後の藁《わら》」がお君だと思っていたのだった。彼はもう警察の金を二百円近くも、ズル/\に使ってしまっていた。彼は自分の惨めさを忘れなければならなかった。あせった。然しそのもがき[#「もがき」に傍点]は彼を更につき落すことしかしなかった。足がかりのない泥沼だった。――そして、今、彼は最後のお君までも失ってしまった。何んのために、自分は「集会」であんなに一生懸命になったのだ! ――こうなって彼は始めて自分の道が今度こそ本当に何処へ向いているかを、マザ/\と感じた。夜、盗汗《ねあせ》をかいたり、恐ろしい夢を見るようになった。
四五日してからだった。
――芳ちゃんが、とても誰かに参っちまってるのよ。
とお君はいたずらゝしく笑った。
――そしてクヨ/\想い悩んでるの。それアおか
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