のだ。「虻」と「ビラ」か! それさえ比較にならないのだ。――そこまでくると、彼はもう張り合いが感ぜられなくなった。
 職場の片隅に取付けてある十馬力の発動機《モーター》は絶え間なく陰鬱な唸《うな》りをたてながら、眼に見えない程足場をゆすっていた。停電に備えるガソリン・エンジンがすぐ側に据えつけられている。――そこは工場の心臓[#「心臓」に傍点]だった。そこから幹線動脈のように、調帯《ベルト》が職場の天井を渡っている主動軸《メエンシャフト》の滑車にかゝっていた。そして、それがそこを基点として更にそれ/″\の機械に各々ちがった幅のベルトでつながっていた。そのまゝが人間の動脈網[#「動脈網」に傍点]を思わせる。穿孔機《ボールバン》、旋盤、穿削機《ミーリング》……が鋭い音響をたてながら鉄を削り、孔《あな》をうがち、火花を閃《ひら》めかせた。
 働いている職工たちは、まるで縛りつけられている機械から一生懸命にもがい[#「もがい」に傍点]ているように見えた。腰がふん張って、厚い肩が据えられると、タガネの尻を押している腕先きに全身の力が微妙にこもる。生きた骨にそのまゝ鑪《やすり》を当てられるような、不快さが直接《じか》に腕に伝わる。刃先から水沫のように、よ[#「よ」に傍点]れた鉄屑が散った。鍛冶場から、鋲付《リベッティング》の音が一しきり、一しきり機関銃のように起った。
 こゝは製罐部のような小刻《こきざみ》な、一定の調子《リズム》をもった音響でなしに、図太い、グヮン/\した音響が細い鋭い音響と入り交り、汽槌《スチーム・ハンマー》のドズッ、ドズッ! という地響きと鉄敷《かなじき》の上の疳高く張り上がった音が縫って……ごっちゃになり、一つになり、工場全体が轟々《ごうごう》と唸りかえっていた。鍛冶場の火焔が送風器で勢いよく燃え上ると、仕上場にいる職工の片頬だけが、瞬間メラ/\と赤く燃えた。
 天井を縦断している二条のレールをワイヤー・プレーをギリ/\と吊したグレーンが、皆の働いている頭のすぐ上を物凄《ものすご》い音を立てゝ渡って行った。それは鋳物場で型上げしたばかりの、機関車の車輌の三倍もある大きな奴で、ワイヤー受けの溝をほるために、横|穿孔機《ボールバン》に据えつけるためだった。
 ――頼むどオ! 南部センベイは安いんだ!
 身体を除《の》けながら、上へ怒鳴っている。
 ――まず緊
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